almost...

分析と爆発のあいだ

「そうだったらいいのにね」

家族が減った。飼い犬が死んだ。


小1の時からだから、15年の付き合い。噛まれ、吠えられ、甘えられ。実家から電話で「○○ちゃん、永眠しました」と告げられて、感情がぐちゃぐちゃだ。


僕は5年前に実家を出ているから、老いて萎んでいく様子をほとんど間近で見てはいない。だから「え?もう?」というのが正直な思いだ。


アイツとの思い出は書かないでおこうと思う。死者を想う悲しみはその人がそばに居てくれている証拠だから落ち込むことはない、という話を聞いたことがある。アイツが死んだ今、これを実践すべきだと思ったけれど、とてもそんな気分になれない。喪失と向き合うのは、何より難しい。


電話を切って、横に座る彼女に、「アイツ、死んだよ」と告げた。彼女はかれこれ4、5回は僕の実家に遊びに来ているから、アイツとは顔見知りの関係だ。よく懐いていて、いつもかわいがっていた。彼女はこう呟く。


「誰も死ななきゃいいのに。
みんなそうだったらいいのにね。」


何気ない「そうだったらいいのにね」で僕は涙が出そうになって、慌ててそっぽを向いた。普段は極端に理性的で現実主義者な彼女が、あまりに純粋無垢な言葉を発した驚きと、そんなことを言わせてしまった罪悪感。ふと横を見ると、彼女も大粒の涙を流していた。そうだよな、"生き死に"に、合理も不合理もないもんな。現実主義者だからこそ、そこから逃げる手段として「そうだったらいいのにね」を使おうとしているのだ、と気づいた。大きすぎる現実が自分を飲み込んでしまう前に。


そして僕もまた、彼女がくれた「そうだったらいいのにね」を繰りかえして、現実から逃げている。ちょっとだけ、悲しみが和らいだ気がした。たぶん今は、これでいいのだと思う。

俺と北枕

最近、ヤバいことに気づいてしまった。

5年前に引っ越して、部屋をレイアウトして、いい感じの暮らし(※当社比)して、プレバトに「男子大学生の生活才能査定ランキング」があったら常に「凡人」をキープし続けるくらいの22歳。割とちゃんとやってるつもりでいました。あるとき風水の動画を目にするまでは......

てかそもそも僕、「風水」というものが好きじゃないんですよ(各方面にケンカを売るな)。「水回りには神が宿るのできれいにしておくことが運を呼び込みます」って何だよ。言われなくてもきれいにしますって。「風水」というかただの「掃除のアドバイス」じゃん。主婦の友

まあ僕の溺愛する芸人が出演してたこともあって一応風水のコーナー全部見たんですよ。で、見終わった後せっかくだしちょっとぐらい気にしてみるかと思って、手始めに枕の方角を調べてみたわけです。すると...


いや、いくらなんでも真北すぎるだろ。

ゴリッゴリの北枕やないかい。5年間これで寝てたの俺?真北中の真北。マキタスポーツもびっくりの真北。

しかしまあこの5年間でヤバイことあったかって聞かれると、別にそこまでないんですよね。逆流性食道炎を拗らせて揚げ物一切NGになったとか、雨の日にタコ焼き食べながら歩いてたら滑って腕に割りばしぶっ刺さったとか、コロナ禍で行きつけの店が4つとも潰れたりとか、バ○トルの単発バイト初日に寝坊してほぼヤ○ザのオッサンから電話口で3分間怒鳴られ続けた挙句アカウントがブラックリスト入りしたりとか、ほかのバイトでは面接受かってシフト入った初日に来月閉店を知らされるとか、スーパーで買ってきた袋入りのジャガイモが6個とも虫食いだったとか。ね、別に大して運悪くなんかないんですよ。

......


......?


......え、これもしかして北枕のせい?



この後めちゃくちゃ東枕にした


 

すべてあなたのGrace【Fujii Kaze LASA STADIUM LIVE 2022】

2022年10月15日、またしても歴史の証人になってしまいました
Fujii Kaze LOVE ALL SERVE ALL STADIUM LIVEに参戦してきた私「ほとんどちゃん」が心の動きを生々しくレポしていきます。

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 モニターにプリズムのような色彩が映し出される。流れる光線の中、バンドメンバーが現れる。スピーカーが震え始める。バスドラがオーディエンスの手拍子を巻き起こし、スタジアムは興奮の渦に飲み込まれる。そして...

 ステージ上に階段が出現し、その背後から藤井風がゆっくりと現れる。ん......?なんか座ってない?......!!!!座禅!!座禅してる!!MVとは反対に白装束(?)で座禅。2時間のショーは『何なんw』から幕を開ける。「na, na, na......」この時点で興奮、爆笑、号泣、驚嘆、愕然の嵐で会場がすでにカオス。「Welcome to LOVE ALL SERVE ALL Stadium Live, 立ちたい人は立ってもええで〜!」で総立ち。たった一人、藤井風を除いては。「あんたのその歯に~」え、そのまま歌うんですか、え、何なんw

 でもいっぺん歌い始めたらもうなんていうか凄すぎて。「えげつないパフォーマンスするんやろなあ」と予想して、十分に心構えして参戦したつもりだったんですけど、一曲目からなんか凄すぎて笑うしかありませんでした。あの夜を共有してくれた人ならわかると思うんですけど、一曲目で何故か笑けてくる。言葉でうまく言い表せないけれど、たぶんこれが「エクスタシー」なんだと思う。4万人を絶頂させて一気に自分のフィールドに引きずりこむ。「令和の怪物」ってコイツのことだったんですね、完全に理解した。歌い終わるとセンターステージ上までゆらりゆらり、歩いていき、鍵盤に手を伸ばす......伸ばしてしまったが最後、そこは藤井風の独壇場。ジャズピアニストが嫉妬と畏れで寝込んでしまうほどのピアノパフォーマンス。こいつにゃ勝てねぇ、とスタジアムにいる全員が思ったはず。

 ウッドベースのリフから一気にボリュームを上げ、2曲目『damn』へ。バスドラとベースで心拍コントロールされてる。勝手に心臓のBPM130にしてくる「藤井風ペースメーカー」で死ぬ。人生初・生"藤井風"でこんなん聴かされたら誰でも好きになる。"まさかこんなに惚れてまうとは" 言うてますけどmore

 尺八のソロ。あれ、ここ皇居?さっき渋谷スクランブル交差点にいたはずなんですけど......贅沢な前奏がスタジアムのボルテージを圧倒的に高めていく。「将山〜!!」。尺八奏者・長谷川将山を叫びで讃える藤井風。3曲目『へでもねーよ(LASA edit.)』。立ち回りがスタジアムライブ20年目のそれだった。貫禄と熱量で4万人を「へでもねーよ」してた。そしてsingle ver.の『へでもねーよ』と圧倒的に違うのはやはり色彩感。映像も手伝って、かつてのライブより鮮やかで、落ち着いていて、でもちゃんと"暑苦しい" 仕上がりになっていた。

「よぉ来てくれました。素晴らしい。本当にね、大変なこともいっぱいあったと思うけど、無事にこうやって来てくれて......ほんまにありがとう!」「ここの、Panasonic Stadium Suitaで音楽イベントをやるのは初めてのことで......ありがとうございます。」「どうか自分がいいように、自分をちゃんとコントロールして、自由に、みんなが気分良く帰れるように、お互い助け合って。よろしくお願いします。」本当に彼らしい、等身大のMCに泣きそうになる。

「Just be Free, just be happy. This is our time, this is our world, This is our “Garden”」と言い、始まったのは『ガーデン』。モニターに「庭」が映し出される。庭でくつろぐ藤井風、咲き誇る花々。四季の移り変わりを丁寧に描写した歌詞とシンクロする。1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』を制作して燃え尽きたところからのスタート、その最初にできた曲が『ガーデン』だった。庭に咲く花に水をやるように、オーディエンスを潤していく。社会で必死に闘う僕らを、音が蘇生していく。必死に間髪入れずに5曲目『やば。』。自分の中の「天使と悪魔の痴話喧嘩」が爆音で心を揺さぶる。喧嘩はやがて終わりを迎え、Yaffleのピアノとパラレルに遠くへと消えていく。6曲目『優しさ』。カッティングギターを軸にした新しい雰囲気の『優しさ』。キーも原曲から-1して、原曲の「冷たいピアノ」「エモーショナルなストリングス」「緊張感のあるビート」(セルフライナーノーツより)とは違う”あたたかい”『優しさ』だった。ある意味このパフォーマンスも"LASA edit."と言えるのかもしれない。

 「I'd like to perform new song」。新曲だ。会場がざわつく。そして「Feel free, and be free. Feel the "grace".」写真撮影、動画撮影OKと藤井風から告げられて、会場がさらに色めき立つ。英単語 "grace" にはいろんな訳がある。原義はギリシャ神話の三美神だそうだ。そこから近代、現代と経るにつれて「優雅さ」「気品」など様々な意味に派生していった。今日大阪に放たれた"grace"は、そのすべてを内包していた。「神の恵み」「恩寵」という原義から、「優雅さ」「気品」「愛嬌」「魅力」「親切」「祈り」まで......。432hzの響きは4万人を"grace"で満たし包んだ。

 ここでメンバー紹介。「Bass, 真船勝博!Drums, 佐治宣英!Keyboard, Yaffle!Guitar, TAKIKING!」HELP EVER ARENA TOURから変わらないメンバーに、最後の1ピース、Yaffleが加わった。藤井風の曲をもっともよく理解している男だ。もう準備は整った。

 周波数は432hzのまま8曲目『帰ろう』へ。魂がスタジアムから↓ のスタジオまで強制ワープした。くだけていて、落ち着いていて、でも洒落ていて。4万人が「寝そべりStadium」してた。

https://www.youtube.com/watch?v=RDIe6SF5IrE&t=3s

 少しの静寂の後、9曲目『さよならべいべ』。スタジアムの温度が上がる。ロックチューンの始まり。上京前夜、号泣した藤井風の心境を4万人が追体験して狂ったように手を振る。「疲れたやろ、座ってもええんやで」。センターステージに置かれたピアノに歩み寄り、鍵盤を叩く。ピアノのカデンツァから導かれるようにして『ロンリーラプソディ』が始まる。「みんな呼吸しましょう......きれいなもんだけ吸って......ネガティブなもん全部吐き出して......」4万人の「すーはー」。そういえばこんな世の中になってから深呼吸なんて全然してなかったな......と考える。11曲目『それでは、』。ピアノ一台なのに背後にオーケストラが「聴こえる」。壮大なミュージカルのよう。夕焼けとOSAKA WHEELが哀愁を添える。心地よい寂しさに浸りながら、でももうすぐ終わりなのかな、と切なくなる。

 2ndアルバム『LOVE ALL SERVE ALL』をなぞるように12曲目『"青春病"』。『LOVE ALL SERVE ALL』がこの世に出てからというもの、この曲は『それでは、』とセットでしか聴けない。だからこの二曲を連続で演ってくれるのはとてつもなくうれしかった。アルバムの曲順を決めるとき、藤井風がものすごく置き場所に困ったように、きっとこのライブでも置き場所に悩みまくったに違いない。のだけれど、ここに置いてくれて、ありがとう。あとは"青春ダンス"を無心で踊り、"青春の病"を振り落とすだけ。青春の儚さを......

 藤井風が"お色直し"。白装束から赤法被へ。目の覚めるような鮮紅色。「ここからが "祭り" の本番だ」とオーディエンスに宣言しているような。サックスソロ。真鍮を携えた立ち姿がサマになる。13曲目『死ぬのがいいわ』。そしてこれまた昭和レトロな歌詞・メロディがスタジアムに溶け込んでしまう。 "場違い" もサマになる。それが "藤井風" 。

 「ハァー~~ェエ~ィ~...ィエェェ~イ~ィエェエェ~イィエェエエェッッッッ!」とはじまった『燃えよ』。"祭り"だ。恥じらいを捨てて大の大人が4万人、夢中で腕を振っている。汗流して、恥を燃やして、手拍子して。この「風」にのって、僕らは先に進んでいく。そして『きらり』。正直この曲が一番気になっていた。"GOOD GROOVE"を体現したこの曲が、スタジアムでどんな "GROOVE" を巻き起こすのか。結果は期待以上だった。リズム隊が渦を重く、強く、けれどもしなやかなものにする。その上に3人の音が乗って、空気を揺らしていた。「Suita Stadium~~!!」 風が、その渦の中に僕たちを誘おうとしている。大丈夫です、とっくに溺れさせてもらってます。盛り上がりはそのままに『まつり』へ突入。「祭り」はいよいよクライマックス。秋の大盆踊り大会。20年生きてきてスタジアムで「ラッセーラ」するとは思わなかった。この踊り、気持ち良すぎて中毒性あるかも。花火が吹き上がり、風は高く高く"番台"へ。曲の終盤に行くにつれてスタジアムのボルテージは最高潮に。そして「ハッ!」で大爆発。心臓がトビました。

 『燃えよ』〜『きらり』〜『まつり』が3連チャンライブで大化けしてて気失いそうになった。すごすぎてむしろドン引きした。正直ここまで化けると予想してなかった。「秋の風まつり」の副題は間違ってなかった。というかドンピシャだった。完全に全生物に捧げる "祭り" だった。

「せっかくあんな花火ぶち上げてしもーてこれが最後の曲なんか思うたら、次が最後の曲ですw」「みんながperfectな存在やから。それと同時にわしらは人間じゃし、まだ学ぶこといっぱいあるなぁって感じで。わしらはみんなこの長い長い旅路の中に一緒に歩いていく同志として存在しとるので。みんなね、愛すること、生きること、諦めないでほしいなって思います。LOVE・ALL・SERVE・ALL!」と始まった17曲目、最後の曲『旅路』。「いろいろあるけど」という歌詞にグッとくる。「"いろいろあるけど" なんて歌詞に入れるのは作詞家の怠慢、歌詞は具体化すべき」というような批判をついこの間目にしたが、そうじゃないんだよなー、と。僕たちの人生には「いろいろあるけど」としか言い表しようがない「いろいろ」がある。それを一つ一つ具体化しようって方が野暮で、ここは敢えて「いろいろ」とひっくるめて受け止めてくれる、そんな歌詞なのだ。

 

 

全プログラムが終了し、「grace」を背に藤井風がステージを練り歩く。オーディエンスに感謝を伝えながら。

それを遠目に長めながら僕は、日産スタジアムでのライブを思い出していた。
今日は、あの時とは、あらゆるところが"正反対"だった。
弾き語りとバンド。
雨と晴れ。
"祈り"と"祭り"。
"静"と"動"。
"モノクロ"と"色彩"。
何もかも"正反対"なのに、なぜ、同じように幸せを感じるんだろう。

そして気づいたのは、結局、何をやっても「藤井風」だということ。
どんな会場であろうと、天気がどうであろうと、周りでどんな音がなっていようと、世界がどうなっていようと、藤井風は藤井風なのだ。

僕らがどんな状態であろうと、風は音を届けてくれる。
限りない愛と優しさをもって。
そうだ、僕らは何度も救われてきたんだ。

藤井風の"grace"に。

セットリスト

1. 何なんw
2. damn
3. へでもねーよ
<MC>
4. ガーデン
5. やば。
6. 優しさ
<MC>
7. grace
8. 帰ろう
9. さよならべいべ
<Cadenza>
10. ロンリーラプソディ
11. それでは、
12. "青春病" 
<SE>
13. 死ぬのがいいわ
14. 燃えよ
15. きらり
16. まつり
<MC>
17. 旅路

 

藤井風『HELP EVER HURT NEVER』セルフライナーノーツ書き起こし

藤井 風(Fujii Kaze) - "HELP EVER HURT NEVER" Listening Party (LiveStream) -  YouTube

2020/05/18  "HELP EVER HURT NEVER" Listening Partyで公開された「セルフライナーノーツ」を書き下ろしました。Listening Party 全文書き起こしはこちら(準備中)。

《目次》

01. 何なんw / WTF lol

デビューシングルを作ろう、と思って作ったデビューシングル。
どこを切っても、自分らしいと胸を張って言えるような曲にしたかった。
だから、口癖をサビに持ってきて、大好きな90年代風R&Bサウンドで、自分の心地いい方言で、気持ちよく歌って、タイトルに草も生やした。w
「何なん」縛りで考えようとした歌詞は、何か月も寝かせたけど、ふと「誰しもの中に存在するハイヤーセルフが、ダメな自分に語りかける」というコンセプトが降ってきた。
結果、これ以上考えられないようなデビューシングルになった。言うてますけどmore

 

02. もうええわ / I'm Over It

もしも「何なんw」がデビューシングルにできなかったら、「もうええわ」でもええわと思えるくらい、思い入れの強いセカンドシングル。
ヒップホップに影響されたサウンドに乗せて、ちょっと汚くて、暗くて、ワルい世界観を表現できた。
「俗世・執着からの解放」を裏テーマに、人生におけるあらゆるネガティブなエネルギーに「もうええわ」する、自由の歌。

 

03. 優しさ  / Kindness

「優しさ」は「強さ」。
「優しさ」って、最強。
人と接するうちに、そんなことを感じるようになった。
冷たいピアノ、エモーショナルなストリングス、緊張感のあるビートにのせて全力で歌った、「優しさ」へのラブソング。

 

04. キリがないから / Cause It's Endless

スリリングなベースに、トラップ風のビートが絡む。
Yaffle氏のアレンジが冴え渡る、疾走感と高揚感にあふれたクールな楽曲。
要らんものを断ち切って、変化を恐れず、進化し続けることを誓った、決意の歌。

 

05. 罪の香り / Flavor Of Sin

プログレ、ジャズ、ラテン、などいろんな香りの漂うサウンドが圧倒的。罪への恐れを歌った楽曲。
アルバムで唯一、ホーンセクションが入っていることもあり、熱気や世紀にあふれた、アツい仕上がりになっている。

 

06. 調子のっちゃって / Oops I Pushed My Luck

ジリジリと、徐々に盛り上がっていく。
噛めば噛むほど味が出てくるスルメ曲!
お笑いラブ(ゆりやんレトリィバァよりインスパイア)なタイトルからは想像できない、とにかくアダルトなムードの曲にしたかった。
この自分への戒めのような曲を書いてからは、多分あまり調子に乗ってない。(と思いたい)

 

07. 特にない / Not Particularly

Lo-fiヒップホップの心地よさ、暖かさを意識した、アルバムの折り返し地点となる一曲。
日本語と英語のセクションが混在した歌詞で、「足るを知る」の精神を、淡々と、かつ切々と歌っている。(つもり)

 

08. 死ぬのがいいわ / I'd Rather Die

上京後、買い物帰りに「あなたとこのままおサラバするより死ぬのがいいわ~♩」というフレーズが降りてきた。ずいぶん昭和な歌詞とメロディだなと思ったけど、それがイマっぽいトラップ風ビートと合わさったおかげで、絶妙にオモロい個性的な曲になって大満足!

 

09. 風よ / Hey Mr.Wind

自分のルーツの一つである、昭和歌謡を前面に押し出した一曲。Yaffle氏の現代解釈による。極力シンプルにそぎ落とされたアレンジが、この曲の哀愁をいっそう引き立ててくれた。
神さまを、吹く風に重ね合わせて、導いて欲しいと願う祈りの歌。

 

10. さよならべいべ / SAYONARA Baby

上京するときの心情は、歌にしといたほうがいい。と言われた。自分でもそう思った。
それがまさかの、こんなロックチューンになろうとは!自分でも思ってなかった。
アルバムの中で異彩を放っているリアルな上京ソング。

 

11. 帰ろう / Go Home

この曲を発表するまでは死ねない。
この曲を発表するために日本語の曲を作ろう。
とまで思わせられた曲。
それまででたらめな言語で曲を作っていた自分にとって、この曲のサビのメロディが日本語で降りてきたことが、日本語の曲を書き始めるきっかけになった原点。
「死ぬために、どう生きるか」人生を帰り道に重ね合わせて、自問自答した。ファーストアルバムの締めくくりには、この曲以外には無い。

 

youtu.be

青春とは、"時間が足りないこと"である。

とある縁で、母校の中高生の面倒を見ている。その中の一人に、結構な頻度で遅刻をする子がいる。高1で、塾に部活に忙しい。そしてバンドのギタリスト。「部活が長引いてしまったので遅刻します!ごめんなさい!」「電車寝過ごしてちょっと遅れそうです......いつも遅れてばっかりですみませんm(__)m」などとLINEを送ってくる。決して彼をあげつらってけちょんけちょんに批判したいわけではない。むしろ無性に彼のことを応援したい気持ちになる。彼と接していると、なんだか高1の僕を見ているような気分になるのだ。

ここからは、僕がナメられている可能性は(この文章の構成と僕の精神衛生上の問題から)とりあえず考えないこととしよう。

高1の僕も、ものすごく忙しかった。それこそ今の彼とまったく同じように部活・塾・バンドを掛け持ちしていた。その頃の僕の口癖は「ああ、時間がない」。親に誕生日プレゼントの希望を聞かれ「時間が欲しい」と答えて呆れさせた記憶がある、高校の授業では連日の疲れと睡眠不足からか爆睡していた。1限で寝落ちして、起きたら3限。教壇に立つ教師が変わっている......2限どこ行った?登下校の時間も貴重な睡眠時間。JRで30分。集中して寝る。もちろん寝過ごす。

しかし高1の僕は果たして本当に「忙しかった」のだろうか?おそらく答えは「NO」なのだ(高1の僕、ごめん)。塾は火土、部活は火木土、バンドは2週に1回。つまり月水金日がほとんどフリー。そして僕の母校は6限が14時半に終わり(!)、終礼がない(!!)、だから平日も週3で14:30から自由時間だった。客観的にみると、当時の僕は今よりもずっと時間的に余裕があったはずだ。つまりそれでも「忙しい」と感じていた理由があるのではないか?では、その「時間を食いつぶしていたもの」の正体は何だろう。

それこそが「青春」じゃないかと思うのだ。ここでいう「青春」は女の子とイチャイチャすることだけではない(そもそも男子校にはそういう類の「青春」は存在しないのだが)。将来の展望を思いふける。個性を探して途方に暮れる。友と語り合う。親や周りの大人に意味もなく反発してみる。全部「青春」だ。僕(たち)はきっと「青春」に忙しかったんだと思う。

「青春って、すごく密なので」(第104回 夏の甲子園 優勝監督インタビュー)

仙台育英の須江監督は、「青春」についてこんな表現を用いた。「密」だという理由で「青春」が高校生から取り上げられてしまう。修学旅行も卒業式も中止......感染対策としてはある程度合理的で仕方のないことなのかもしれない。でも、できることなら少しでも「青春」を味わせてあげたい、そんな想いが感じ取れる。コロナ禍における大人の心構えとして、そして何より「青春」の新たな定義づけとして、これ以上ないくらい素晴らしい。いや、コロナ禍でなくとも通用するだろう。青春とは、"すごく密なこと"である。自粛・制限続きで今にもはち切れそうな若者の生気・熱気が詰まった至言だと思う。


僕も彼に倣って、こんな風に「青春」を定義づけしてみたい。

「青春とは、"時間が足りないこと"である」

物理的に時間が足りないわけではない。なのになぜか「時間が足りない」のだ。サボりたいわけではない。だけどサボらないと「青春」はどこかにいってしまうのだ。迫りくる時間が僕たちを焦らせる。当時はそれを嘆いていた。時間の過ぎ去く速さ、自分の愚鈍さに悶えた。でも、今ならわかる。それも含めてぜんぶ「青春」だったのだ。

遅刻ばかりの彼と、時間が足りないと嘆いたあの頃の僕に、こう声を掛けたい。

「青春してるね!」



(2022/10/04)

声は、とっておこう。

最近、声を出さなくなってきた。

重要事項の連絡ぐらいしか声を出す機会がない。大学行ってもほぼ無声。何かを発したいときはノートかPCで十分なので、まあとにかく声を使う機会がない。あまりにも声を出さな過ぎて不安になり、家で一人で「あー」とか「うー」とか言ってみるのだが、声帯を使わなさ過ぎて凝り固まっているのか、ドアをこじ開けているようなギーギー音しか出ない。まったく建て付けの悪い声帯だ。

そんな僕だが、先ほど一番仲の良い友人とひっさしぶりに会ってきまして。まあ僕が親戚から届いた果物をおすそ分けするために呼びつけたんですが。大学正門のモニュメント下で待ち合わせたソイツは、研究生活で少しくたびれているように見えた(お気づきの方、鋭いですね。そう、この「友人」とは、このブログで最も低俗と名高い記事「オナラした後のパンツ触った後に素手でメシを食ったらお腹を壊すのか」に登場する「細菌を研究している親友Y」と同一人物です)。

「おう」「おう」。今日初めて発した声はぶっきらぼうな、だけども体温が乗り移った、生きた言葉だった。久しぶりすぎて、そして二人とも喋りが苦手すぎてお互いの目を見ずに話す。「これ、親戚から大量にもらったんだけど、食べきれないからやるわ」。二言目は上ずった。なんだか無性にうれしかった。ああそうだ、俺はコイツと話したかったんだ。僕の声はコイツと話すためにあったんだ。もしかしたら俺は、今日のためにしばらく声を出していなかったのかもしれない。

途中まで自転車を一緒に漕いだ。バカ話をしながら、並んで走る。あの教授は最近ハゲが進行して頭頂部とおでこが繋がった、とか超熟がやけに柔らかいなと思ったら全部カビだった、とか(コイツは本当に細菌の研究をしているのか??)。今週分の笑い声を使い切るくらい笑った。


コンビニに寄る。僕はちょうど切らしていた牛乳を、彼は(実験漬けでまだ夕飯を食べていないらしく)カツ丼弁当を買った。「お前、まだ毎日こんなもん食ってんのか?」「忙しくてな、作る気力がねえんだ」「なら俺んちに夕飯食べに来いよ」「マジ?じゃあ今週の金曜行っていい?」

コイツとまた、一緒に飯を食いながら、どうでもいい話で盛り上がることができる。なんて幸せなのだろうか。コイツの名前がスケジュール帳にあるだけで、僕は声を出さなくても今週を無事に乗り切れる気がする。いやむしろ、ほかのところで声を出したらもったいない。声は、その時まで大事にとっておこう。アイツのバカ話で、大声で笑うことができるように。



(2022/10/03)

【文字起こし・後編】TENDRE - ミュージックライン 2022/9/21 21:30~

らじる on Twitter: "【#聴き逃し配信 のお知らせ】 TENDREさんが出演した「ミュージックライン」は放送後から1週間、何度でもお聴きになれます⏳  #らじるらじる のサイトやアプリからお楽しみください👋 #ミュージックライン #TENDRE #南波志帆 聴き逃し配信はこちら ...

DJ南波志帆が、最新のジャパニーズ・ポップスを、癒しのトークとともにお届けします。今夜のゲストは、TENDRE。大喜利のような自分とのセッション、シャイな父と音楽で対話したレコーディング、最新アルバムに込めた多面性、色彩を語ります。高校デビュー・まゆ毛の思い出、声を最大限に活かした「ある願望」も告白。

文字起こし、後編です。中編(こちら)の続きになります。

Index:

 

 

『MISTY』

南:アルバム『PRISMATICS』、音楽的にも本当に幅が広いアルバムになっていて、『MISTY』という曲はどこか不穏で、妖しげで、音で空間を埋め尽くすような展開もあったり、あまりこれまでの「TENDRE」のイメージにない曲だったんですけど。
T:そうですね。
南:サウンドはどのように作られていったんですか?
T:『MISTY』に関しては、ドラマーの松浦大樹という男がいるんですが、TENDREのバンドセットの時に常に叩いてくれるドラマーでして、その彼と最初ビートの土台を作っていったんですけど。僕がちょうどその時に、制作に悩んでいた時期があったんですね。それをいわゆる「霧がかった状態」に置き換えて、常日頃自分の音楽的正解、あと言葉として何を導きたいかっていうのをずっと探し回ってるわけなんですけど、その松浦大樹という男はですね、すごくいい言葉を発してくれたりとか、彼自身もアーティスト活動として歌っていたりもするので、そういった彼に答えを教えてもらったっていうんですかね、熱い想いを伝えてくれたりとかで。彼のシルエットを僕はもしかしたら探していたのかもしれないみたいな、そんなイメージを持って作ったのがこの曲ですね。
南:途中すごい歪みのギターパートもあって。
T:あれは...僕あんまりそんなに怒んないんですよ。怒んないんですけど、でも怒りって必ず誰しもいろんな形であるとは思うんですよね、それがじゃあ自分自身でどういうときに怒るのかって、友達との話とかでよく話(をすることが)あるじゃないですか。でも、誰かを守るときのためにちゃんと怒りはとっておきたいなというか。それをこうギターで表してみたというか。そこは敢えて曇らせたサウンドで、ボーカルでさりげなく言っているような場面にしたんですけど、そこで爆発するような怒りっていうのも、もちろん自分の内なるものにはあるので、そこは音で表してみようかなっていうアプローチになってますね。
南:本当にこだわりがすごいですね。
T:自分自身でいろんな楽器を重ねていると、自分自身との対話というんですか、セッションみたいな形になってくるので、一個前の自分に対しての答えを出していく「大喜利」が続いてるんですよずっと。その「大喜利」の結果、ああいうギターの怒りを表したサウンドになって、その後にすぐ戻るというような、ドラマが図らずも生まれたというんですかね、そんな感じです。

 

『MOON』

南:そして続きまして『MOON』という曲はウッドベースから始まるクラシックなジャズナンバーで、空間を感じる演奏ですが、レコーディングはどんな感じでされたんですか?
T:レコーディングは父を呼びましてですね。
南:ハッ......!「Shy Woodbass」ってクレジットに書かれてましたけど...
T:河原家屈指のシャイな男(笑)。
南:ハハハハハ。
T:うちの父はすごく恥ずかしがり屋で、けれど自分のやっていることに一つ一つすごい誇りを持っている人間なんですけれども、父と制作をするっていうのが生まれてこの方なかなかなくてですね、このタイミングだからこそ、ずっといつかはやりたいと思っていた思いがあったんで、父をスタジオに直接呼んで、その場で譜面を渡して、まああらかじめちょっと聴いてもらってた部分はあったんですけども、2人で試し試しにサウンドを作りながら。でもなんか不思議な感じというんですか、こっ恥ずかしい気持ちもあるんだけど、すごく話が早かったりもしたので、今まで近い距離にいたのに、いい意味で遠かったりとか、そういったいろんな想いがほんとに溢れかえった、そんなスタジオでしたね。
南:めちゃくちゃ良い時間ですね。
T:ね。人生において僕はすごく必要だった瞬間だろうなって後々思ったんですけど。なんかこう実家に帰った時に、軽く話はもちろんするんですけど、熱い話をする父ではないんですよね。どちらかというと母とはかなり熱烈な話をしたりとか、音楽に関してとか、世の中に対しての話をするんですけど、父とは軽い会話ぐらいしかなかったので、だったら音楽で会話をすればいいんじゃないかなっていうところで、これが好機かなというところで。父を呼び、無事に出来上がりましたね。
南:お父様なんとおっしゃってました?
T:ミックス作業、仕上げ作業をしているときに何度か聴かせたんですけど、そこはやっぱり職業柄なのか、何回も「やり直したい」っていうことをすごい言ってくれてて。「いや、ちょっと俺はやっぱここの感じもうちょいちゃんとやりたかったなあ」みたいな。
南:プロフェッショナルだなあ。
T:そうですね。そこは僕としてもやっぱすごく「さすがやな」と思ったんですけど、でも、多分このレコーディングの最初の段階で録れた、いい「初々しさ」っていうんですかね、それが多分この曲の醍醐味になってくるんだろうなと、僕は作曲家目線で捉えたので、敢えてこの感じで行こうかなと。で、まあこの曲で(父との)レコーディングは終わるわけじゃなくて、作るときに父を呼びたいと思っているので、これを始まりとしてここから一緒に制作ができたらなあという風に思ってます。
南:めちゃくちゃいいですね!親子で。
T:そうですね、同じ生業としてですけど、同じ音楽家として尊敬を一番してるのは僕の場合は両親だと思っているので、両親に対してこれが恩返しになるかどうかはわかんないんですけど、自然な形で一緒に仕事ができるというんですかね、それを自分のなかでもすごくかけがえのない瞬間ではあるので、着実に作っていけたらいいなと思ってますね。
南:『MOON』はアルバムの中ではどんな立ち位置なんですかね?
T:アルバムの中でどうなんだろうなぁ......一度家に帰ってきた感じなのかもしれないですね。僕が実家に帰ってきた感覚にも近いかもしれないですけど、外の世界でいろんな景色を見ていって、その中でいい意味で揉まれていって、自分の考えを見出していく、でそのあたりで一度家にたどり着くっていうんですかね。そこで家にたどり着いてから、ふと窓を開けて、夜の月が見えて、というような。そういったイメージはあるかもしれないです。

 

「歌」への向き合い方

南:ニューアルバムのレコーディングが終わったタイミングで、河原さん、「やはりわたしは楽器がだいすき そして歌がもっとすきになりました✌️」とSNSで投稿されておりまして、アルバム制作で、歌への向き合い方にも変化があったんですか?
T:そうですね、TENDRE自体が今年5年目ぐらいになるんですかね、自分自身バンドで歌ってるのももちろんあるんですけど、TENDREとして、一人の歌い手として意識することっていうのは年々すごく変わってきているというか。歌詞を書くにしても自分なりの言葉をずっと探し求めて、その中で自分らしい声とは何なのかってことをすごく今年も考えさせられたというんですか、それがアップテンポな時においても、じゃあ自分がどういう佇まいでいたら自分らしくあれるのかとか、そこの在り方というのを考えていったときに、意外とあんまり張り切って歌いすぎなくてもいい場面もあるし、こういうところはこういうこぶしの利かせ方があっても意外といいかもなっていう、いろんな発見が今年は多かったのかもしれないですね。
南:じゃあ歌がもっと楽しくなった、今年。
T:そうですね。あとは弾き語りをこの2年ぐらいで結構やることが増えてきたってのも関係するのかもしれないですね。今年の8月ぐらいに弾き語りの小旅行っていうんですかね、関西のほうに行って、京都と神戸で弾き語りのイベントを自ら開催したんですけど、現地にあるグランドピアノだったりアップライトピアノだったりと自分の声だけでライブをするっていう。
南:じゃあもう向き合いますもんね。
T:向き合ったときに、その向き合ったライブの中で発見できることも多かったのと、あとは本編の中でマイクを使わずに生声で歌ってみようっていう現場での閃きがあったんですけど、それをやったときに、意外とこの感じでも伝わるものがあるんだなっていうのが。逆に伝わりやすいのかもしれないってことが結構自分のなかででかい発見になって。常日頃マイクなしでってことではないですけど、音響なしで生声で歌うことによって自分の会話と歌声の狭間を見るっていうんですかね、そこはすごくでかい発見になったというのか。意外とこれぐらいの声のニュアンスをもしかしたら自分はずっと伝えたかったのかもなっていう気づきになったのかもしれないですね。
南:いい気づきですね!
T:そうですね。いろんな音楽シーンを見ているとかなりハイトーンな音楽が多くて、そういった方の歌声もすごく憧れるし、僕自身はローミッド寄りの声ではあるので、そういったところで自分の声が活きる歌い方ってなんだろうなっていうのはずっと考えてはいるんですけど、そういったときにそこに合ったムードの作り方とか、僕なりの言葉の響かせ方というのは多分あるとは思うんで、それを探求できたのは今年すごいでかかったのかなと思います。

 

3. 『PRISM』 / TENDRE (2022)

南:このあとアルバムから最後の曲『PRISM』をお届けします。穏やかで、神聖なものすら感じる曲なんですけど、アルバムを締める曲としてどんなものが出来上がりましたか?
T:本当にアルバムを締めるために作れたかなあという風に思ってはいて、この『PRISMATICS』というアルバムで伝えたいことを集約した曲にはなってますね。タイトルの如くといいますか、いろんな影響を受けて自分自身から出ていく言葉っていろんな色があるような例えが僕の中にはあるんですけど、それを人によっても言葉の伝え方だったりとかそういったものって違うものがあるし、それを受け入れるってことが今でいう「多様性」ってことだったりとか、そういうものを受け入れることにもつながりますし、そういった受け入れがどんどん広がっていったら、それこそ本当に色鮮やかな世界になるんじゃないかなっていう。そんな思いを込めたこういうアウトロがあったりとか。そういう「まぶしい」っていうんですかね、「きらきらとした」っていうんですかね、それは本当に人によってとらえ方は違うとは思うんですけど、でも「内なる煌き」というものを各々持っていると思いますから、そういったものを各々が見つけられるようなきっかけになれたら、というような思いを込めて、入れました。

南:それではニューアルバム『PRISMATICS』からその曲をお届けしましょう。曲紹介をお願いします。
T:それではお聴きください。TENDREで『PRISM』

 

「PRISMATICS ONE-MAN TOUR」に向けて

南:ミュージックライン、お送りした曲は今夜のゲスト・TENDREのニューアルバム『PRISMATICS』から『PRISM』でした。優しく心を満たしてくれるような、神秘的でまろやかでロマンチックな曲で、なんだかすーっと透き通った気持ちになりました。浄化されました。
T:いつもありがたいお言葉をありがとうございます(笑)。

南:アルバムをリリースされて、全国ツアーも控えております。どんなツアーになりそうですか?
T:いま、年に1枚アルバムを作っていってるんですけども、バンドと一緒に演奏する、そのスタイルはだんだん仕上がってきた感じがすごくあるなと個人的にも思ってまして、アルバムがすごく多彩というんですかね、色鮮やかなものになったので、かなりバリエーションに富んだライブパフォーマンスができたらいいな、という風に、いまいろいろ準備はしているところです。
南:楽しみですね。

 

エンディングトーク

南:それでは最後になりますが、お聴きの方にメッセージをいただけますでしょうか?
T:いろんなことがある世の中ですけれども、僕自身はずっとたくましく生きていきたいということを思ってはいるんですね。でも、「たくましく」っていう言葉も、「強さ」ってこともいろんなことを考えさせるものがあって、それは自分一人では見つけられないものではあるし、だけど一緒に考えればわかることもあると思うのでね。アルバムを聴いて...というところもありますけれども、去年から続いた「想像力」っていうところから意外とこういった考えもあるっていう、それぞれの光っていうのを受け入れられるように僕は生きていけたらなと、僕は思ってます。それが皆さんと一緒に出来たら、すごくうれしいです。
南:ありがとうございます。今夜のゲストはTENDRE・河原太朗さんでした。本当に楽しい時間をありがとうございました!