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分析と爆発のあいだ

【東京事変「音楽」全曲レビュー】「聴けばわかる」という禁止カードをついに使う時が来た

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「聴けばわかる」という禁止カードをついに使う時が来てしまった。大名盤。21世紀にこれ以上の名盤は生まれないと言い切ってしまってもいい。聴けばわかる。黙って3回通しで聞いてくれ。できれば爆音で。話はそれからだ。

目次


01. 孔雀

作詞:椎名林檎 作曲:浮雲椎名林檎

東京事変のシンボル「孔雀」をそのままタイトルにした曲。椎名林檎によるマイクチェックからメンバー紹介の後、流れるように般若心経、そして英語のリリックに移ってゆく。般若心経に英語の響きがあり、英語に般若心経の響きがあり、その両者の響きを併せ呑んだメンバー紹介。ひどく濁った沼だけれどずっと浸かっていたい気持ちよさ。

メンバーを五臓に喩えるところがある。

心臓......刃田綴色 (Dr.)
肝臓......亀田誠二 (Ba.)
腎臓......伊澤一葉 (Pf.)
脾臓......浮雲 (Gt.)
肺臓......椎名林檎 (Vo.)

Vo.を務める林檎嬢が肺臓なのはいいとして、脾臓浮雲を選ぶセンスよ。「脾臓浮雲」と歌われたら納得せざるを得ない。今日からああ浮雲ね、脾臓ね、と受け入れられてしまう自分が怖い。医師国家試験の勉強をしていると脾臓の疾患は結構な数があることに気づくのだが、それらを勉強するたびに毎回体調悪そうな浮雲の顔が浮かんできてしまいそうでこれもとても怖い。

02. 毒味

作詞:椎名林檎 作曲:亀田誠二

まず言わせてくれ。亀田誠二のベースラインがエロすぎる。ロックやってる師匠も十分エッロいベース弾くんだけど、ファンクになると突然「エログロ」にギアチェンジしてくる。「ロー入っちゃって、もうウィリーさ」ではないが、それくらいの衝撃。マジで「安全第一」のバリアなかったら海に突っ込みますよ。

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なんてふざけてますけど、この曲アルバムで一二を争うくらいにメッセージ性が強い曲で、ここを解説せずに素通りしたら天罰が下ると思うのでちゃんと書きます。

戦後の高度経済成長期、バブルで海がどんどん埋め立てられビル街やごみ処理場になっていったのとパラレルに、文化の源泉も埋め立てられてスカスカになっていった。「埋立地」は不毛で、新たな文化は生えてこなくなってしまった。自分たちの使命は、ここから再び花を咲かせ、実を生らせること。

そのためには、自分自身ですべてを「毒味」して、ひとつずつ植えていかなければならない。「刺激の強い材料を排除」しないで、自分の舌と躯体を使って吟味していく。そんな強い決意の歌である。東京事変が最前線にたって「毒味」をしていくと宣言し、リスナーひいては日本国民全員にも同じ土俵に立つことを要求している。

耳が痛いかもしれないし、難消化性かもしれないが、真正面からぶつかる価値があるし、孕んだメッセージをきちんと自分の中で消化しないといけない。「消化不良」で終わってはいけない、そんな曲。

03. 紫電

作詞:椎名林檎 作曲:伊澤一葉

し-でん【紫電
鋭い眼光や研ぎ澄ました刃などの鋭い刀。 

皮肉がすごい。タイトルは「紫電」なのに、内容は「有能ぶる無能」「一億総白痴」への痛烈な批判。生ぬるい気持ちで聴いたら火傷しまっせ。

太平洋戦争のときに「紫電」という名前の戦闘機があったのだが、名前とは裏腹に鈍重で操縦しにくく、さらに外見が敵の戦闘機と似すぎて味方に撃墜されるというどうしようもない戦闘機だったそうだ。これも関係しているのだろうか。

P.S. 「緑酒」MVのスピンオフBGMがこれなのだが、深い意味があるのか、はたまた遊び心なのか。

04. 命の帳

作詞:椎名林檎 作曲:伊澤一葉

ときどきマッシュの男たちのスリーピースバンドが「君に想いを伝えられない」とか自分の不器用さを歌ってるののうさん臭さといったら異常よ。オメーぜってー不器用じゃねえだろ。百戦錬磨だろお前。俺の片思い玉砕遍歴に全部目を通して「不器用とは何ぞや」ということを体得してから俺の目の前に現れろ。

って思うことが、椎名林檎の書く詞だと、ない。
椎名林檎がこういう歌詞を書くと救われる。傷ついても傷つけてもなお向き合いたいどこか暴力的な性愛が《なぜ僕の肌に触れるの》にギュッと詰まっている。椎名林檎の勝ち。

寄り添い方が異常。普通の寄り添う歌が「肩にもたれる」くらいだとしたら、椎名林檎の寄り添い方は「裸でベッドイン」だから。もはや、寄り添ってるというより、抱いてる。正直、抱かれたい。

序盤でピアノと透明な歌だけだったのが中盤、楽器が増え、徐々に音数が増えてくる。終盤に行くにつれて歌はひび割れ、ギターもベースも歪み、リズムもぐちゃぐちゃ、もはやカオス。混沌の極み。全部ぶち壊して最後音がなくなり、

《今あなたへ触れる指は/宇宙いちと伝えてるよ》 

まさに計算されたカオスを見せつけられて、頭おかしくなりそう。

05. 黄金比

作詞:椎名林檎 作曲:浮雲

東京事変というバンド自体を歌という次元まで落とし込んだような作品。

このバンドは、黄金比もとい「カオティック・バランス」の上に成り立っているんだと思う。やってることも存在までも、間違いなくカオスなんだけど、「崩したい」「保ちたい」の危なっかしいバランスの中で巧みに平衡を保っている、秩序ある混沌。計算されたカオス。この曲を何らかのジャンルに分類しなきゃいけないとしたら、俺は間違いなく「芸術」に分類するね。

ということでルーブルの担当者は今すぐにこの作品を飾ってくれ。年パス買うから。これが飾ってあったらさすがの宇多田ヒカルも《初めてのルーブルは/なんてことは無かったわ》なんて言えないと思う。

06. 青のID

作詞:椎名林檎 作曲:椎名林檎

冒頭《果てしのない自由~》で林檎嬢の作曲だとわかる。「東京事変」と「椎名林檎」の最接近点。

ID = identification「身分証明」

こうして日本語に直すと明らかになるのだが、
これは「永遠の不在証明」と対になる曲。アンサーソングといってもいいかもしれない。

永遠の不在証明:
《味方の自分が最後まで奇々怪々なる存在》《元々の本当の僕はどこへ》
青のID:
《形姿が只の容器なら己たらしめる材料はどれ》《自分が自分たる裏付け》《生きている証明》

2曲続けて聴くのは超危険。永遠の不在証明で本当の自分探しに放り出された後、青のIDで生きている証明を要求される。魂がキャパオーバーして破裂しました。破裂した後に鏡を覗いたら、そこには奇々怪々なる存在が......

ま、考え込む前に大いに受け入れるのが正解......

07. 闇なる白

作詞:椎名林檎 作曲:伊澤一葉


このアルバムは色の使い方が妙を得てる、解釈が難しくてリスナー泣かせなのはトレードオフ。ここにいるリスナーも、泣いてます。

ここでの「白」は「無罪・合法・潔白」と捉えたい。つまり「闇なる白」とは「別に法に触れているわけではないし絶対悪とは言い切れないけど人間を蝕むもの」。何とは言わないけど。

08. 赤の同盟

作詞:椎名林檎 作曲:伊澤一葉

「サビ」の使い方がうますぎる。いうなれば「つなぎの四番」。ホームランがそんなに期待できるわけではないけど、貯まったランナーを確実に返してくれる、そんなバッターのようなフレーズ。

《大嫌いの定義や大好きの方程式とは/バイアス決め込んで競って不毛です/よって言語を経由しない原初の衝動を/呼び覚ましたい思い出したいです 》

サビがサビらしくないけれど、A,Bメロの不安げなメロディー、不穏な雰囲気を全部解決し、吹き飛ばしてくれる。ムードが一気に変わる。鳥肌モノ。これこそ「キラーチューン」ならぬ「キラーフレーズ」。

そしてこのアルバムのすごいところはすべての曲に「キラーフレーズ」があるところ。聴くだけで笑いたくなるような泣きたくなるようなよくわからない気持ちにさせられる旋律を、ぜひとも体験してほしい。

09. 銀河民

作詞:椎名林檎 作曲:浮雲伊澤一葉

《彼がすけべなきょうに限ってよりによって/超保守的な肌着なんて抜き取っちゃいたい》

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!アルバム中で一番ともいえるキラーリリック!!!!成人女性みんな経験あるでしょこれ。歯がゆさを「彼の性欲」と「保守的な下着」で表現できるのは林檎嬢しかいない。やっぱり抱かれてきていいすか。

他にもすごいぞこの曲。

《「めがねはどこだ?」と探し始めようにも/あーんめがねが要りますいつはずしたんか》

《「iPhoneを探す」ソフト使い始めようにも/あーんiPhoneが要ります落として来たんか》

《声ばっか大きいひとに限ってよりによって/おいしい褒美を頬張り食い逃げしちゃうの》

《珍しく食べたいメニュー判ってめでたい折/配達パートナーがご不在て南無三 UberEats》

《起きしなから答えをずばっと出したいのに/冴えている時間と言えば夜中の三時くらい》

 俗っぽい話題で共感の嵐が吹き荒れるのに、気が付いたら星空が見えるくらいに晴れわたっている。銀河レベルまで昇華洗練されている。

10. 獣の理

作詞:椎名林檎 作曲:亀田誠二


日本一のイントロ。全員亀田誠二にひれ伏せ。イントロだけで白飯161.803杯は食える。これだから師匠の曲はクセになる。ちなみに本業のベースもめちゃめちゃ気持ちいいです。

11. 緑酒

作詞:椎名林檎 作曲:伊澤一葉


毒味と聞き比べてみるといいと思う。椎名林檎が、東京事変が、社会的激動、この世の苦しみ、悲しみ、憎悪の堤防を一手に引き受けている、その尊さに気づいてほしい。

「毒味」も「緑酒」も耳がズキンズキン痛い。傷に沁みる。でも耳が痛い話を全員が恥じらいながらでもいいからしていくべきなんだ。社会に参加している(させられている?しちゃっている?)全員が肝に銘じるべき信念。

12. 薬漬

作詞:椎名林檎 作曲:伊澤一葉


生きている実感がなくなってくることに対する危機感と、人間の思い上がりの愚かさを「薬漬」というタイトルでまとめて書き下しちゃったんですか......そうですか......この曲聴くまで全然接点すらないと思っていたものが急に近しく思える魔法をかけないでください。

13. 一服

作詞作編曲 椎名林檎

一服なんてしている暇はない。仕掛けに次ぐ仕掛け。曲を聴いているだけではわからない。実際に手を動かさないとわからないような、作りこまれたギミックにコーフンしてます。男の子はなんでも分解したがりなんですよ。男の子は誰でも。

渋谷区南平台→「罪と罰」に登場した山手通りが貫く
新宿区矢来町→「母国情緒」に登場した神楽坂がある

渋谷区南平台と新宿区矢来町の《遠い両極端》を結んだ《丁度間》には東京オリンピックで使われる新国立競技場。その場所と建設の様子を《センターライン(ちょうど中央の地点)引けば出来て(完成して)いく》と表現している。

「南平台」と呼ばれた市川崑
1964年・東京五輪の記録映画『東京オリンピック』を作り、
「矢来町」と呼ばれた古今亭志ん朝
「東京オリムピツク噺」を作った古今亭志ん生の息子。

ここまでくると「仕掛け」というよりこの曲の歌詞は出来るべくして出来た感。言葉も歴史も東京も椎名林檎のためにあるのか!!と植草貞夫アナばりに叫んでしまう。

総括

・計算されたカオス、カオスなのにそれを曲という枠のなかに収めることができる5人の音楽的素養
東京五輪にこれでもかと焦点を合わせた解像度の高い「音楽」という映像
・全曲が「キラーフレーズ」「キラーリリック」を持っている怖さ
・その中に本質を痛いほど突く棘を潜ませる残酷さ

無限の官能性と殺人力を秘めた一つの芸術作品が世に放たれてしまった。

いままでも「教育」「スポーツ」「アダルト」など様々な側面からこの国を切り取ってきた彼らが、完成したアルバムに「音楽」という名前を付けた。これは、これからの音楽シーンを牽引していく自負と相当な自信の表れとみたい。

ボーカル、ギター、ベース、ピアノ、ドラム。この五人だけで「純度の高いロック」をずっと追求してきた集大成こそが「音楽」だ。聴けばわかる。とりあえず聴いてくれ。話はそれからだ。